5


重ねて言うが、俺は良いプレイヤーでは無い。だから良い成績を収めるためには飛んでもなく強いデッキが必要だった。

シアトルでテストした時には揺るぎないサルカン入りのRUGに執着してた。デッキはとんでもなくしょぼそうに見えたが、何故か既存のデッキに対する勝率は圧倒的だった。

でもその事とホテルのドアをノックした時興奮していたのは全く関係無かったけどね。一人で旅行してると寂しくなりがちだ。知人と一緒に新しい経験をするのがほとんどの場合一番楽しいもんさ。その時は多分社交的になりたい気分だったんだ。

エヴァンがドアを開けて微笑んだ。エドはノートパソコンを畳んで挨拶してくれた。部屋にはマジック旅行記によく出てくる光景があった。冷蔵庫の上にはシリアルの箱があり、MOと紙でプレイテストが出来るよう家具が移動されていた。

無味乾燥なホテルの部屋、マジックしか接点の無い友人、そしてマジックというゲームそのものが、素晴らしい体験ばかりだった先週に比べて自らこの状況を作ったことに対して俺を落ち込ませた。

・・・エヴァンとエドはアブザンアグロをテストしていた。俺もこのデッキは高く評価しいて、大会で使う事も考えていたんだ。いつもならすんなり誰かからデッキを借りれただろう。でも、旅行中に数百ドル以上の価値があるものを持ち歩きたくなかったんで生憎とテミュールのカードしか持って来ていなかった。テストではアブザンと5分ではあったが、エヴァンとエドは二人とも悪評価だった。地元のPPTQでテミュールを使って芳しい成績を残せなかった友人たちもその評価を後押ししていた。カードが無いことがこのレベルの大会で問題になるなんてアホ臭いと思ってるだろうが、何千キロも離れた場所ではありがちだ。俺の他の選択肢は赤単だった。パリの近未来的なバーに入り浸ったりアムステルダムでいかがわしい煙を吸った後なら尚更プレイテストは難しい。マジックはモチベーションと強い意志の力が必要だけど、リアルが充実すると大体その二つは蒸発しちまうもんだ。これはリアルが充実しているとは言い難いプロチームがPT初心者に対して持ってるアドバンテージの一つだね。

様々な可能性、不明瞭なメタ、ソリューション探しに躍起な強力なプロチームといった要素が揃った大会ではプレイテストが難しい。テストの結果に対する自分自身のバイアスを把握していないと、それがちゃんとしたフィードバックになり得ないし、金曜のペアリングの運が良い事を祈るしかなくなる。それでもって、テストのパートナー達の意見にもバイアスが掛かってたらどうするんだ?

その日は赤単を作って1日中テストしたんだが、自滅の頻度が許容範囲を超えていた。アブザンアグロみたいな最悪のマナベースとカーブを持ったデッキにすら相性が悪かったのはダメだったね。一方テミュールはまたアブザンと5分だったので俺は皆に止められたにも関わらずこれを使うことにした。

でも自分以上に信用できる奴なんでいるかい?時間と結果が、人生という試行回数がマジックにとって少すぎる事を示している。更に、間違った事を認めそれに対してアクションを起こすには何ヶ月(時には何年)も掛かるんだ。それが一生出来ない奴もいるし、俺も皆と同じように自分がいっぱしのプロマジックプレイヤーだと信じ込んでいたんだ。



6


俺が一番最初に出場した大きな大会、2012年12月に開かれたSCGIがプロマジックについて考察を始めるきっかけとなった。レイド・デュークがあんな難しい事を成し遂げたにも関わらずたったの1万5千ドルぽっちしか貰えないのをとても馬鹿らしく思ったんだ。今ではSCGIの優勝賞金は1万ドルになり、LAみたいな良い会場じゃもう大会を開かなくなっちまった。

これは全体の傾向の一例だ。SCGシアトルはまずタコマに移って、そっからポートランドだ。SCGアトランタは本当のアトランタから15マイル離れてる。SCGサマーセットはセントラルジャージーの唯一の町で、公共交通機関じゃ行けない。

WotCはSCGより大分裕福で、大分ケチだ。ブリュッセルのTour and Taxisは自身を洗練された体験と呼んじゃいるが、実際はロフトの代わりにイベント会場へと変化したでっかいレンガの塊だ。Thurn und Taxisって貴族の末裔は今じゃサッカーの実況者にまで落ちぶれてるが、Tours and Taxisは寒い駄洒落を連発するマジックの実況を思い起こさせるね。

俺たちのタクシーが会場について建物を見たとき、何でPTがアムステルダムやデュッセルドルフじゃなくてブリュッセルで開催されたのか理解したよ。絶対に立ち寄らなきゃ行けない限り誰がこんなホコリ臭い会場と町に来るんだい?ブリュッセルはヨーロッパのワシントンだ。この会場と比べたら俺たちのホテルも随分高級に見えた。

グランプリに参加した事があるなら、会場以外にもWotCのケチ臭さが発揮されてる事を知ってるはずだ。近年本物のe-sportsの賞金が爆発的に増える一方、マジックの賞金は頭打ち。レガシーGPの優勝賞金はBUGを作るために必要な額より少ないんだ。PTの常連ぐらいにしかPTの優勝賞金は”人生を変える”金額とは思えないだろうな。でも、それでもなぜか俺はWotCが見かけだけでも参加者のケアに金かけると思ってたんだ。残念!俺たちの”土産袋”には質が悪くて絵がしょぼいスリーブ80枚と、カードショップで2ドルも出せば買えるようなデッキケース1個と、公共の場で着るのはためらわれるTシャツ1枚と…あとは何も無い。プレイマットが欲しけりゃ40ユーロ払わないといけないし、デッキに足りないカードもぼったくりの値段で並んでた。WotCはプレイヤーから金を剥ぎ取ることを止めないね、そんな理由無いもんな。

龍詞の咆哮を2枚買うために数ドル払って土産袋担いでタクシーを呼んだ。運転手は英語を全く喋れなくて行き先を伝えるのに苦労した。携帯はベルギーの国番号をアーカンサスの州番号と勘違いしてるし、そこで数分無駄にした。エヴァンはそれでイライラしたけど、そっからレストラン選びに30分は無駄にしてた。自分の一番の親友以外と旅行するのはなかなかリスキーな判断だけど、食事をマジックプレイヤーと決めたり英語を喋れない地元民とコミュニケーションを取るのはかなりの冒険だ。一人旅がどんなに快適だったかって気付かされたよ。

エヴァンがウエイターに前菜にピーナッツが含まれているか聞いた後、俺たちは注文した。

「もちろんこれぐらいは時間かかるさ」
彼は言った。

「ヨーロッパだからな」

俺たちは食べた。

「まあ今夜はもうプレイテストしないな」
エドが言った。

「会計ってしてくれないの?」
エヴァンが言った。

「呼ばなきゃ来ないよ」
俺は言った。

「君、彼らの言葉喋れる?」
エヴァンが言った。

「いや」

「それでも大丈夫なの?」

「まあね」

会計してもらって金を払った。

「メルシー」
俺は言った。

「メルシー!?」
エヴァンはつぶやいた。

他のレストランでマジックプレイヤーと仲良くなってドラフトをする事になった。会話はマジックについてしか弾まなかった。最初のプロツアーで良い友達を作れた奴っているのかな?俺はまあまあな赤緑をドラフトして、エヴァンはオジュタイの語り部から突撃陣形を2回決められてボコボコにされていた。特筆すべき事が何も無かった1日の中で、唯一笑えた出来事として俺の記憶に残ったな。

続く

コメント

セイント ザウルス
2016年12月16日12:34

後ろ向きな虚無感がたまんないですね
続きが気になります!

しょっとこ
2016年12月16日14:38

ありがとうございます。
原文の作者は本業ライターさんなので、翻訳していて楽しいです!(訳者の実力が追いついていませんが、、、)

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